合唱とミニマル・ミュージック|salyu × salyu / 3人のヴォーカリストによるシュティムング @Billboard LIVE YOKOHAMA

 先月の23日、Billboard LIVE YOKOHAMAで、salyu × salyuの『3人のヴォーカリストによるシュティムング』を観てきた。

 salyu × salyu(サリュ・バイ・サリュ)は、Lily Chou-ChouBank Bandへの客演で知られるボーカリストSalyuさんが立ち上げたコーラスプロジェクトで、Corneliusこと小山田圭吾さんをプロデューサーに迎えて、2011年から15年頃まで活動していた。2017年、たまたま見ていたスペースシャワーTVで流れていた「いつか / どこか」を耳にして以来、Corneliusの魅力にすっかり取り憑かれてしまった僕にとって、salyu × salyuは大好きな、それでいてもう観ることが出来ないと思っていた伝説のプロジェクトだった。「ただのともだち」に代表されるsalyu × salyuの楽曲、特にアルバム『s(o)un(d)beams』は、シングル「Point of View Point」から始まってアルバム『Sensuous』で確立されたその独創的な音楽性が、程よくポップスと混ざり合わさり完成され、後の『デザインあ』や『攻殻機動隊』に繋がる、Corneliusの黄金期の始まりの作品だと思っていて、小山田さんの関わった作品の中でも一番好きな作品だった。だから、今回復活してコンサートをするという話を聞いた時は思わず飛び上がってしまった。ただ、今回のコンサートに小山田さんはメンバーとして参加しておらず、行くかどうかはギリギリまで迷っていたのだけれど、それでもやっぱり一度は生で「ただのともだち」を聴いてみたいと思って、チケットを取った。

 会場は、横浜・馬車道にあるBillboard LIVE YOKOHAMA。2020年7月にオープンしたばかりの新しい施設で、東京・大阪に続く国内では3店舗目のビルボード・ライブとのこと。公演によってはドレスコードもあるような、とても格式の高い会場と聞いて怯えていたものの、実際に入ってみると、古着のバンドTシャツにジーパンといったラフな格好の方も居て、服装に関しては意外と気にしなくても良さそうに思えた。

 興味のあるコンサートのチケットを手当たり次第に取っているせいで万年金欠なので、今回は一番安い2階のサイドシートのチケットを取った。一番安いとはいえ7,500円と少し高めの値段設定ではあるけれど、会場が狭いからかステージまでとても近く、公演全体を通してとても観易かった。ただ、これはコロナ禍なので仕方がないことではあるのだけれど、客席を区切っているアクリルパネルがいくらか音を遮ってしまっているようで、スピーカーが近いこともあり音響には少し不満が残った。ステージから遠くなってしまうけれど、正面のセンターシートの方が良かったかもしれない。ちなみに、上に貼った写真はステージの右側、サイドシートのCB6から撮った写真なので、パネルの件も含めてこれからチケットを取ろうとしている方は参考までに。

 横浜公演は二部制となっていて、僕が観に行ったのは16時30分開演の第一部。時間になると会場が暗転し、フロアの後ろからメンバーが客席の中を通ってステージに向かっていった。てっきり舞台袖から出てくるものだと思っていたので、これには少しびっくりした。メンバーが定位置に着くと、ボーカリストが3人とも前に出て讃美歌を歌い始め、本編が始まった。本編は、アルバム『s(o)un(d)beams』の曲と合唱曲、そしてミニマル・ミュージックから構成されていて、再びsalyu × salyuというプロジェクトが動き出す切っ掛けとなったテリー・ライリーの楽曲「What was there」*1や、『コロナ禍で声が出せなくなった時、音楽を奏でるにはどうすればいいかと考えてふと思い出した』という手拍子だけで構成されたスティーヴ・ライヒの「Clapping Music」などが演奏された。また、アルバムをリリースした2011年のツアーでは、当時はまだ新しかった、楽器の演奏ができるiPhoneのアプリケーションを演奏に取り入れていたことを踏まえて、「心」の演奏では、ハープの音を出せるiPhoneのアプリケーションが演奏に取り入れられた。アンコールでは、Salyuさんが客演として参加したBank Bandの代表曲「to U」や、メジャーシーンでの活動の切っ掛けとなったLily Chou-Chouの「回復する傷」が演奏された。

 実際に観て思ったのは、当たり前だけれど合唱のクオリティがとても高いということ。Corneliusからsalyu × salyuに辿り着いた人間として、ついこのプロジェクトの本質を『人間の声を重ねて作る実験的な音楽』だと思ってしまう節があるけれど、最も重要なものはそこではなくて、『人間の声を重ねる』という合唱そのものの部分にあるのだと思い知らされた。今回の横浜公演では、Salyuさんの他に、salyu × salyu sistersの一員としてコンサートにも初期から参加しているヤマグチヒロコさん、今回のツアーからの参加となった加藤哉子さんの二人がボーカル・パーカッションを、皆川真人さんがエレクトロニック・ピアノを、そして林田順平さんがチェロを担当し、バンドメンバーは計5人。DVD『s(o)un(d)beams+』に収録されているライブ映像では、salyu × salyu sistersの4人に加えて、小山田さんやBuffalo Daughter大野由美子さんなど4人がサポートとして、ギターやベース、ドラム、キーボード、シンセベース、テノリオンなど様々な楽器を演奏していた。その時と比べると今回の編成はミニマルで、そのせいもあってか様々な音が複雑に重なり合う「奴隷」や、ベースがフィーチャーされた「Mirror Neurotic」は演奏されなかった。勿論、今回の編成ならではの良さも当然あって、例えば「ただのともだち」や「心」では、エフェクトの掛かったギターがチェロの重厚な音で表現されていて、楽曲に更なる奥行きや味わい深さが生まれていた。また、演奏されるパートが少ないおかげで、ボーカルだけを集中して聞くことができ、Salyuさんを含めたボーカリストの皆さんがどれだけ難しいことをしているのかが、手に取るように分かったことも、今回のコンサートを観て得た収穫の一つと言えるかもしれない。

 今回のツアーでは、コロナ禍を経て『合唱』という音楽の原体験に立ち返ったとMCで述べていたように、映画『サウンド・オブ・ミュージック』から「朝の讃美歌~ハレルヤ」や、幼少期に所属していた合唱団で歌っていた好きな曲として「天使と羊飼い」や「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を選曲するなど、曲そのものの音楽性ではなく、『合唱』という部分に重きを置いていた。特に、「鏡の中の鏡」は元々合唱曲ではないのにもかかわらず、ピアノのパートをそのまま合唱で再現していて、メトロノームに合わせてそれぞれが違う音を歌い、それらが重なって一つの曲になっていく様は僕がsalyu × salyuに対して持つイメージそのもので、Salyuさんがこのプロジェクトを立ち上げた理由がなんとなくわかったような気がした。

 これは「Hammond Song」の音源を聴いて思ったことでもあるのだけれど、アコースティックギターやピアノだけの最低限の編成でも、もっと言えばアカペラでも、聴いていて満たされるような感覚になるのが、合唱の凄いところだなぁと思う。勿論、Salyuさんがアルバム『POINT』を聴いて小山田さんにオファーをしたという経緯や、オファーの切っ掛けとなったクロッシング・ハーモニーという声楽の理論、ミニマル・ミュージックの巨匠であるテリー・ライリーがsalyu × salyuに客演のオファーをしたこと、そして同じく巨匠であるスティーヴ・ライヒの「Clapping Music」をカバーしたことを踏まえると、あながちミニマル・ミュージックにも通ずる実験的な側面があることは間違いないのだけれど。

 本編のMCでは、salyu × salyuを含めたコーラスワークについて、『ライフワークにしたい』『こんな大勢の方が再スタートを観てくださって嬉しい』と述べていたので、もしかすると今後もこの体制で活動を続けていくのかもしれない。salyu × salyu、そしてCorneliusのファンとしては小山田さんがプロデュースする2枚目のオリジナルアルバムを期待したいところ。いつかフルメンバー揃ってのsalyu × salyuのコンサートが観られたらいいなぁと思います。

 

セットリスト

01. 朝の讃美歌 (Morning Hymn [from "The Sound of Music"])
02. ハレルヤ (Alleluia [from "The Sound of Music"])
03. ただのともだち
04. Sailing Days
05. 心
06. What was there [Terry Riley]
07. Clapping Music [Steve Reich]
08. 天使と羊飼い (Angyalok és pásztorok [Kodály Zoltán])
09. 鏡の中の鏡 (Spiegel im Spiegel [Arvo Pärt])
10. s(o)un(d)beams
11. Hostile to Me
12. 続きを
EN1. to U [Bank Band with Salyu]
EN2. アヴェ・ヴェルム・コルプス (Ave verum corpus [Wolfgang Amadeus Mozart])
EN3. 回復する傷 [Lily Chou-Chou]

*1:他の方の書かれた文章を読むと「What was there, what was not」となっているので、そちらが正式なタイトルかもしれない。ここではMCでの曲紹介の通り「What was there」とします。