初めて進行方向別通行区分を観た日。|日曜演奏会 @神田明神ホール

 9月25日、神田明神ホールで行われた日曜演奏会で、進行方向別通行区分のライブを観てきた。

 2020年の暮れ、たまたまYouTubeのおすすめ欄に出てきた『三十世界2』に一瞬で心を奪われてから約2年。あの時から、毎日暇な時にはメルカリを覗いてアルバムの出品を待つ生活を送ってきた。この2年で、『NEW相対性理論Ⅱ』以外の全てのフルアルバムを揃えた。そんな進行方向別通行区分をようやく観ることが出来た。

 会場は、御茶ノ水にある神田明神ホール。Google Mapを頼りに近くまで来たものの、それらしき建物が全く見当たらず、しばらく周りをうろうろとしていると、関係の無さそうな小さな商業施設の周りに人だかりができていることに気付いた。調べてみると、どうやら神田明神ホールは神田明神の敷地内にある神田明神文化交流館 EDOCCOの2階にあるらしい。紛らわしいなぁ。

 このライブはスリーマンライブとなっていて、最初のアクトはSouth Penguinというバンド。初めて観るバンドで、勝手に進行方向別通行区分のようなインディーズ感のある直球のロックバンドなのかなぁと思っていたら、ステージ上にサックスとコンガやボンゴがセッティングされていて驚いた。曲自体は、少しトーキング・ヘッズみを感じる硬派なオルタナティブ・ロックという印象を受けたのだけれど、そこにコンガ・ボンガがファンキーなリズムを加え、そうして作り上げられた、硬さを感じながらもしっかりと踊れるサウンドの上に、サックスがこれでもかと縦横無尽に暴れ回っていて、比較できるバンドが見つからない唯一無二の世界観を作り上げていた。ボーカルも、優しく囁きかけるような歌い方を貫き通すのかと思いきや、所々でシャウトを挟み、またそれをエフェクターで加工し反響させるなど、サウンド的にも前衛的な試みをしていて、聴いていてとても面白く、ワクワクさせられた。CDを買って帰ろうと思ったのだけれど、物販にはLPしかなかったので諦めた。また今度、しっかり聴き込んだうえでライブを観てみたい。

 次のアクトは、芸人の街裏ぴんくさん。漫談をされると聞いて、笑点のような高尚なお笑いをイメージしていたのだけれど、全くそんなことはなかった。どう考えても実際にあったとは考えられない大嘘を、『いやこれ本当の話ですよ!』『信じられます?これ本当にあったんですよ!』と何回も念を押しながら話すという、ごり押して強制的に笑わせるその単純かつ豪快な手法は観ていてとても面白く、自分が漫談というものに抱いていたイメージを粉々に砕いてくれた。『信じられます!?』と顔を紅潮させながら、そして大声で唾を飛ばしながら、至って真剣に大嘘を本当だと言い張っている姿には若干の狂気が感じられて、そこに感動したというのもある。話の内容は『マクドナルドで居合わせたオバちゃんをよく見たらオオサンショウウオだった』『ビルの屋上に毛が三本生えていて、夕方になると見世物としてライトアップされている』など、進行方向別通行区分の歌詞にも通ずる馬鹿馬鹿しさのものばかりで、この方が出演者として呼ばれた理由も少し分かるような気がした。

 長い転換が終わると、いよいよトリの進行方向別通行区分。映画『となりのトトロ』から「風の通り道」が流れ始めると、左手からメンバーが次々と入ってくる。立ち位置は、左から橋本アンソニーさん、真部脩一さん、西浦謙助さん、田中さんという順。それぞれの演奏の準備が終わり、SEの「風の通り道」が止まると、演奏が始まった。

 セットリストは、初期のアルバムである『世界は平和島』『三十世界2』からの選曲が多めで、まるでベスト盤のようなライブだった。個人的には、ライブで聴きたかった「白兵戦」や「独身ボクシング」、「大塚娘」を生で聴くことができて本当に嬉しかった。やっぱり『世界は平和島』に収録されている曲には、初期衝動とも言うべき荒削り感や熱みたいなものが籠もっていて、とてもライブ映えする曲が多いなぁと観ていて思った。そしてやっぱり触れておきたいのは、1曲目と2曲目に披露された新曲について。『NEW相対性理論Ⅱ』を持っていないから、もしかするとそのアルバムに収録されているのかもしれないけれど、曲名から察するに恐らくアルバムには入っていない曲なのだと思う。まぁ、曲名と歌詞に何の繋がりもない曲も多いので、当てにならない可能性は十分もあるが。1曲目については全く覚えていないけれど、2曲目はとても馴染みやすいギターのリフで、『ナンシードラゲナイ』と歌っていた気がする。これは次のレコ発ライブで販売される新譜に収録されるのだろうか。

 少しメンバーに焦点を当てて書くと、田中さんは少し逞しくなった向井秀徳さんというか、少し痩せた堀込高樹さんというか……どう例えるのが正解なのかはわからないけれど、眼鏡にシャツとジーンズという至って普通の格好なのに、どこか知性と、それと尖りが感じられて、格好良かった。14時30分開演の第一部でも古都の夕べとして出演していたせいか、12曲目の「理論武装」の頃には大分バテていて、歌うのが辛いように見えた。

 真部さんは、バンドでの活動に加えて、他のアーティストへの楽曲提供も行う一流のミュージシャンだけあって、どんなに難しいフレーズでも滑らかにギターを弾きこなしていた。「梅を吸いすぎた男」では、サビに入った途端、演奏を終えるかのように肩に掛かったストラップを外し、ギターを頭の上に掲げた状態でしばらく静止。その後、ギターを床に置いてステージの左右を行ったり来たりしながら、飛び跳ねたり踊ったり、後ろに倒れ込んだりと自由に振る舞っていた。

 橋本さんは、普段からミュージシャンとして活動しているわけではなく、田中さんと違って他にバンドを組んでいるわけでもないから、どんな演奏をされるのか全く予想が付かなかったけれど、他のメンバーに全く劣らない、流石の腕前だった。隣で真部さんが華麗にギターを弾きこなしているからそっちに目が行ってしまうけれど、どんなにテンポの速い曲でも顔色を全く変えずに飄々とスラップでベースを弾き倒すその姿には、少し戦慄してしまった。

 西浦さんは、サポートミュージシャンとして多く活動していることもあって、抜群の上手さ。ただ正確に叩き続けるのではなく、聴いていると段々と体が動いてしまうような、そんな熱量に溢れる叩き方をしていて、それでいて決して走ったりはしない。しかも、本人が楽しそうに叩いているだとか、そういうことは一切関係なく、演奏を聴いているだけで体を動かしたくなってしまう。もしかして、ロックバンドにおける理想のドラマーって、西浦さんなのでは、と観ていて強く思った。アンコールの「池袋崩壊」では、イントロで真部さんのギターのチューニングが狂ってしまったようで、一人演奏を止めて直していたのだけれど、田中さんはずっとあのギターのフレーズを引き続けていた。そんな中、西浦さんは叩くドラムのフレーズを細かく変えて、まるで曲が始まる前のインタールードのように演出していて、トラブルにも臨機応変に対応できるところがとても格好よかった。顔も、髪型がパーマではなかったせいか、『にこにこプンプン丸』のジャケットよりイケメンに感じたし……。あと、「森の妖精ペチャパウナー」の最後の高音のコーラスを、西浦さんが歌っていることにライブを観て初めて気が付いて、結構驚いた。コーラスの他にも、「リンとして電話」などではホイッスルを吹きながらドラムを叩いていて、その多才さには本当に驚くばかり。

 ライブの序盤に演奏された「You say ? 民営化」では、僕がその時真部さんと橋本さんの方に注目していたからよくわからないのだけれど、田中さんの身に何かトラブルが起きたようで、メガネを外してタオルで顔を拭いて、そのタオルを投げ捨てたかと思ったら、そのままギターを置いて袖の方へ消えていってしまった。すると他のメンバーも、田中さんの後に続いて演奏を止めて帰っていってしまった。しばらく待っていると戻ってきたものの、どうやら田中さんのギターに異変が生じていたようで、訳のわからないMC*1をする田中さんの横で、真部さんがしゃがんでギターの調整をしていた。訳の分からないパフォーマンスをするバンドということは重々承知していたけれど、まさか演奏の途中で帰ってしまうとは……と少し驚いた。

 合計で全24曲、途中で田中さんが力尽きて歌うのをやめてしまう部分もあったけれど、大満足のライブだった。何より、キャパシティが300人にも満たない小さな会場で、座ってじっくりと観られたことが嬉しかった。次回のライブは渋谷CLUB QUATTRO。新譜の販売、そして『よーし、いくぞ』以外のフルアルバムも再販されるということで、とても楽しみ。今回は演奏されなかった、ロキノンっぽさを感じる名曲「種明かしは冬眠の後で」や、イントロの力強いドラムが特徴的な「メールぽいぽいが現れた!」など、好きな曲を演奏してくれるといいなぁと思う。

 

セットリスト

01. ドキ分岐(新曲?)
02. ナンシー(新曲?)
03. WHAT'S TIME IS IT NOW
04. ぐるぐるピーマン
05. You say ? 民営化
06. 恋泥棒サム
07. かほちゃん
08. 森の妖精ペチャパウナー
09. 左ハンドル右折します [古都の夕べ]
10. バリボー
11. 海の王者シャチ
12. 理論武装
13. あわのよう
14. リンとして電話
15. バイバイ名古屋県
16. 世界は平和島
17. 白兵戦
18. ぐいっと紅茶珈琲
19. 独身ボクシング
20. 梅を吸いすぎた男
21. 大きい先輩が小さい先輩にキュン
22. ダイナマイト・卒業式

EN1. 大塚娘
EN2. 池袋崩壊

*1:『祖父から明け渡すなと言われていた家を、道路を作るために明け渡すことにしたら、明け渡しの前日に庭の池から石油が出てきた』とかなんとか