KIRINJIと僕。

 僕がKIRINJIと出会ったのは、確か高校2年生の頃だった。現代文の授業中に、先生が教室のテレビで、「killer tune kills me feat. YonYon」を流し始めた。それが、KIRINJIとの出会いだった。


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 高校生の頃に授業を担当してくださっていた現代文の先生は、どうすれば問題に対して的確な答えを導き出せるか、その過程を論理的に教えてくれる、とても良い先生だった。僕はその先生の授業を受けて初めて、今までなんとなくで解いていた現代文の解法を、しっかりと理論立てて理解することが出来た。多大な恩を感じる、今でも大好きな先生だ。そしてその先生は、時々授業を脱線し、今流行りの映画や音楽など、サブカルチャーに関する面白い講義を、たまにしてくださっていた。その日は、J-POPの歌詞を考察するといった趣旨の授業をしていて、ドラマの主題歌になっている曲の歌詞はドラマの内容とどの程度繋がっているのか、同じ題材を扱う曲でも時代が違えば内容は変化してくるのか、などをミュージックビデオを流しながら論じていた。その中で、ミュージックビデオのせいで注目されてしまった曲として挙げられたのが、「killer tune kills me feat. YonYon」だった。

 当時、ミュージックビデオに出演していた女優の唐田えりかさんが、俳優の東出昌大さんと不倫していたことが週刊誌によって報道され、東出さんが既婚だったこと、その相手が女優の杏さんだったことから、世間で大きなニュースとなった。それを受けて、他人のゴシップが好きな人たちが、このミュージックビデオに一気に飛びついたらしかった。僕はそういったゴシップの類には興味がなかったので、この曲の存在さえ全く知らなかったのだが、試しにコメント欄を見てみると、そのことについて触れたもので溢れていた。僕はそれについて何も思わなかったが、流れていた曲を聴いてただ「いい曲だな」と思った。

 少し気になった僕は家に帰って、KIRINJIの他の曲を聴いてみた。驚いた。「時間がない」を聴いてみたのだが、その曲は男性が歌っていたのだ。先生からは、もともとは兄弟の二人組で、弟さんの方が抜けて今はバンドでやっている、という話はあったのだが、そんなことはすっかり忘れていた。それでもサウンドがとても好みだったので気にせず聴いていたら、いつの間にかどっぷりと、KIRINJIの沼にハマっていた。

 KIRINJIを率いる兄弟の兄・堀込高樹さんは、今年で53歳を迎え、メジャーデビューから約25年が経っているにもかかわらず、海外の流行を貪欲に取り入れて、キリンジ時代から築いてきたサウンドを最先端にアップデートしようと常に試みている。まず、その姿勢に何より惚れてしまった。このことは、『愛をあるだけ、すべて』のリリースに際して行われたインタビューや、その中でも触れられている、Drakeの「Passionfruit」へのオマージュであることが明らかな「silver girl」という曲からもわかる。

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silver girl

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 バンド時代の最後の2枚『愛をあるだけ、すべて』と『cherish』は、その集大成というべき本当に素晴らしいアルバムで、シティ・ポップにも通じる落ち着いたミディアムなダンス・ミュージックと、バンド特有のファンキーなグルーヴが掛け合わさって、聴いているだけで体を揺らしたくなるような、心地よくて安らかな音楽が奏でられている。様々な事柄が重なり、精神的にかなり不安定で辛い時期だった高校3年生の頃は、この2枚にだいぶ助けられた。特に、『cherish』に収録されている「隣で寝てる人」は、今でも聴いただけで涙が出そうになる。

隣で寝てる人

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 この方向性は、2020年にバンド体制を終え、高樹さん*1のソロプロジェクトとしてKIRINJIが再始動してからはより一層強くなり、『バンド時代は遠慮していた』という打ち込みを全面的に使った作品をリリースしている。特に、ソロプロジェクトとなって初めてのアルバム『crepuscular』に収録されている「薄明 feat. Maika Loubté」は、KIRINJIらしさをわずかに残しつつも、打ち込み感満載の現代的なサウンドに仕上がっており、ここから新しいKIRINJIを始めるという強い決意を感じ取れる。

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 キリンジからKIRINJIになったことでの変化といえば、もう一つ、ラッパーのフィーチャーがとても増えたということが挙げられると思う。『ネオ』ではRHYMESTER、『愛をあるだけ、すべて』ではCharisma.com、『cherish』ではYonYonさんと鎮座DOPENESSさん、そして『crepuscular』ではAwichさん。僕はラップの分野には詳しくなくて、KIRINJIで初めて名前を知った方が殆どなのだけれど、その全員が楽曲に完璧にマッチした、あるいは楽曲の隠れていた魅力を引き出すような本当に素晴らしいラップをしている。(実際、これを機会に鎮座DOPENESSさんに興味を持ち、YouTubeで音源を漁ったりもした。)ラッパーを起用した理由は、洋楽のチャートでロックの代わりにヒップホップが上位に入るようになった現代の音楽業界の実情を踏まえたから、あるいは既存のスタイルを変えるために新しい風を吹き込もうとした結果なのだろうと思う。

 打ち込みの多様化とラッパーのフィーチャー。これら二つの音楽性のアップデートを踏まえた曲が、冒頭でも触れた「killer tune kills me feat. YonYon」と言えると思う。この曲はコメント欄でも日本語ではない言語が目立ち、記事を書いている時点では287万回と、公式がアップロードしているKIRINJIの曲の中で最も多くの再生回数を記録している。(非公式のものを含めると二番目で、一番目に多いのは「時間がない」。こちらも名曲。)最新作でもボーカルとしてシンガーソングライターのMaika Loubtéさんを起用するなど、新しい試みを続けていて、よくある言い回しだけれど今後も目を離せないなぁと思う。

 人はどうしても、年を取ると変化を好まなくなる。それは生き物だからと片づけてしまうこともできるのだけれど、やっぱりそういう習性に抗って、新しいものを吸収して、変化を続けようというミュージシャンが、僕は好きなのです。その一組がKIRINJIであり、堀込高樹さん。まだ一度もライブを観たことが無いので、次のツアーは観に行きたい!「新緑の巨人」、歌ってくれるかな。

新緑の巨人

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*1:弟の堀込泰行さんと区別するために名前で表記しています